追悼録~死んだらゼロになりたい~

初めてお会いしたときには、彼はすでに余命2か月を宣告されており、ベッドから起き上がれない状態だった。

「死ぬまで自宅で一人暮らしを続けたい」というご本人の強い意志のもと、ケアマネージャーさんをはじめ、在宅医の先生、看護師さん、薬剤師さん、ヘルパーさん、訪問入浴のスタッフさんなど、関わる皆さんがそれぞれの役割で彼の生活を支えていた。

そのとき一番困っていたのは、お金の管理や支払いをする人がいないことと、亡くなった後のことをどうしたらいいのかわからないこと。

そこで私がその役割を担わせていただくことになったのだ。「財産管理委任契約」「死後事務委任契約」という契約を結び、財産の管理と亡くなられた後の葬儀や埋葬、さまざまな手続きをお任せいただくことになった。

印象的だったのは、どんなふうに葬ってほしいか?ということを聞いた際のことだ。彼は、まっすぐに私を見て「私は死んだらゼロにしてほしいんだ」と言った。

「私が死んだら何も残さずをゼロにしてほしい。すべてなくしてほしい。」

自分の死をまっすぐ見つめてそんな風に言えるなんて、なんて強い人なんだろうと驚いたのをよく覚えている。その意思をかなえるために具体的にはどうしたらいいのか?私たちはたくさん会話を重ねていった。

その後、彼は医師の宣告した余命より半年以上ながく命をつないでくれた。
薬の影響でだんだんと眠る時間が長くなり、最期は看護師さんの到着を待つように逝った。穏やかに眠るように。

彼と関わりだしたころ、ケアマネージャーさんが「お金や死後のことに不安がなくなったから、体調がよくなったみたいです。」と言ってくださった。それが本当ならどんなにうれしいことだろう。そのときは、そう素直に喜んでいた。

けれど、いまおもえば、私は彼の強さに甘えていたのかもしれないとも思う。強い意思は決してぶれない、その意思をきちんと実現できれば安心してくださると信じていた。でも、本当にそうだったのだろうか?きっと多くの時間を一人で過ごすなかで不安もあっただろう。自分のした選択に迷うこともあったかもしれない。弱い部分を見せるのを嫌がる人ではあったけれど、もう少しそばにいて、もう少し寄り添うことができなかったか?

お見送りのたびに、なにかもっとできなかったかという葛藤が生まれる。でも、それが大切なんだとも思う。

「ゼロにしてほしい」

今、私が寄る辺とできるのは、彼のまっすぐなこの言葉だけだ。その言葉を実現するために自分の職務を全うする。ゼロになってもきっと見ていてくれると信じて。

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にしざわゆみ司法書士事務所
司法書士 西沢優美
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