「家に帰りたい。」
一年前、彼はいつもそう言っていた。急に体調がわるくなって、大事に手入れをしながら暮らしてきた家をそのままに、それこそ、着のみ着のままで離れることになってしまったのだから無理もない。
自宅での一人暮らしは無理だと周囲に判断され、彼自身の納得のないままにあれよあれよと介護施設で生活することになった。わたしが初めて彼に出会って財産管理や身の回りのいろいろなことをお手伝いするようになったのは、そんな頃である。
「家に帰りたい。」
だけど、実際家に帰るとなると様々な困難が伴うこともわかっていた。
一人暮らしで転倒してしまったら?けがをして取り返しのつかないことになったら?その不安は、彼自身も私も感じていた。
でもだからといって、その不安をなくすために、生きる希望を捨てられるだろうか?
電動車いすで自由に出かけたい。
好きなフルーツを好きな時に食べたい。
お金の出し入れをきちんと確認したい。
趣味のモノづくりを通して生活を豊かにしたい。
どれも人として当たり前の希望だ。安全か?自由か?そんな二者択一は酷すぎると思った。
「どこでどんな風に暮らすのが一番いいだろうね。自由と安全のバランス、ちょうどいいのはどこだろう?」
いろんな選択肢を吟味して、対話を重ねて一年とちょっと。いまは新しい場所で、安心して満足できる暮らしができるようになった。電動車いすで買い物に出かけ、好きな食べ物を買ってくる。不自由な身体でもすぐに手が届くように、あらゆるものを車いすにぶら下げて。ここでは、常に気にかけあえる人たちがそばにいて、もしもの時も安心だ。
ここまできて、彼はついに、これまで空き家になっていたもともとの自宅を引き払い、家財を処分する決心をした。時間はかかったけれど、この時間が必要だったんだろうなとも思う。
すっかりきれいになった家をみて、ほっとしたような、さみしいような、次のステージに向かう希望のような、何とも言えない気持ちになった。
40年住んだ家。玄人はだしのDIYを施した部屋。手作りの机や棚。愛着を持って集めた工具。一つ一つに思い出があって思い入れがある。どんな気持ちで決心されたんだろう。次の暮らしに向けて、相当な覚悟だったはずだ。その覚悟に応えて、私はこれからも彼の人生に寄り添っていく。
「西沢さんはボクにとって親みたいなもんだ」と言ってくださっていたらしい。私が親??!驚いたけれど、確かに口うるさいことも言っちゃうもんな(笑)家族のような存在になれたことが最高にうれしい。そして改めて身が引き締まる思いだ。
いっしょにいろいろな選択肢を検討してくださった皆さん。日々生活をサポートをしてくださる皆さん。暑い中引っ越しを手伝って下さった皆さん。大量の家財を片づけてくださった皆さん。たくさんの支えがあって今がある。感謝の気持ちでいっぱいだ。
今、彼のまわりには、役割を超えて人として関わる人たちがたくさんいる。私もその一人。新しい日々も楽しみだ。
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にしざわゆみ司法書士事務所
司法書士 西沢優美
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