「結局お世話した人が損するってことですね」
そう言って彼女はうつむきました。
最期のお見送りまで、何年もお母さんの介護をしてきた方でした。そのお母さんの相続について、ご相談を受けたときの一言。とても残念で、印象に残っている言葉です。
お母さんのために、仕事を休まなければならないこともあったし、プライベートを犠牲にすることもありました。お見送りのときには、さみしい気持ちとともに、「やりきった」というほっとした思いもあったそうです。
ですがこの穏やかな気持ちは長続きしませんでした。お母さんの法要のときに、兄夫婦から相続についての話を切り出されたのです。
「お母さんの財産を法律にしたがって半分に分けると、実家は売らなきゃいけなくなるから、お前も次に住む場所を考えておけよ。」
当然自分が実家に住み続けられると思っていた彼女にとっては、今までの頑張りが踏みにじられた気持ちだったそうです。
法的な解決方法は?
「私は家を出なくてもいいですよね?」
「母はいつも私に感謝してくれて、この家はお前にやると言ってました。」
「兄だって、『自分は親の介護をしないから財産はいらない』といつも言ってたんですよ。」
彼女の気持ちは痛いほどわかる。・・・でも、残念ながら、私には彼女の言い分が法的に認められるとは言えません。
いくら生前お母さんがそう言ってくれていたとしても、お兄さんが以前にそんなことを言ったとしても、「遺言」という文書がなければ法的な相続割合は原則2分の1ずつ。残念ながら、お兄さんの言い分を認めざるを得ません。
そう伝えたときの彼女の一言が、冒頭のことばだったのです。
彼女だって、もちろん財産のためにお母さんのお世話をしてきたのではないのです。でも、それなのに、いや、だからこそ、お母さんのためにと思って一生懸命過ごしてきたその時間が、最終的に「損だった」「無駄だった」という感想に終わってしまったことがとても残念でした。
お母さんの思いが、「遺言」という法的な文書として残っていたとしたら?彼女はお母さんの思い出のあるこの家ですごすことがで来たはずです。
穏やかな気持ちでお母さんを悼み、これからの自分の人生を落ち着いて進めていくことができたはずです。兄だってお母さんがそうしたかったのならと納得したかもしれません。納得しなかったとしても法的なトラブルを避けることはできました。
このように、いくら強い思いがあっても、「遺言」という書類一枚ないために実現できないことが法律の世界にはあります。
この女性と同じような思いをしないために、親と同居されている方、相続に不安がある方は、トラブルが起こる前に、まずは法律の専門家に相談されることをお勧めします。
また、家族を同じような思いにさせないために、自分自身準備をしておくこともまた大切です。
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にしざわゆみ司法書士事務所
司法書士 西沢優美
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